今日7月13日の金曜日、NH系の『チコちゃんにしかられる!』を観た!
また、NH系がやらかしてしまった。
「日本では、なぜ左側通行なのか?」というチコちゃんの質問に対し、
出場の回答者は、
「ボーっと生きてんじゃねーよ!−」と、叱られていた。
チコちゃんが知っていた正解は、
「殺し合いになったから」というものであった。
東洋大学の先生が、
「江戸時代、武士は腰の左に大小の刀を差していたため、
右側通行だと、すれ違った武士同士の刀が触れ合い、
双方が無礼だと詰問するところから、
斬り合いが生じ、殺し合いになったからだ」と説明していた。
そして、寸劇で描かれた武士の刀は、「柄(つか=握るところ)」が
出ていた。
しかしながら、どんなドジな武士でも、短く、自分の身体の前にある
柄(つか)をぶつけるようなことは、ほとんどしない。
ところが、用心深い武士でも、身体の背後に長く突き出た鞘(さや)
の刀身部分は、振り返った時とかに、ぶつけるようなことがあった。
それを避けるために、各藩は、「左側通行」を奨励したのである。
薩摩藩の例で見ると、ある「郷中の掟」の中に、
「武士は、外に出る時は、帯刀せよ! そして、左側を歩け!」とある。
その習わしが町人一般にも伝わり、日本橋の上でも、東海道中でも、
みんな、左側通行をしている浮世絵が残っているんだとか。
しかし、現代の「左側通行」は、「車両」に限られ、「人間は右側通行」
をするのが原則なのである。
この原則が法令化されたのは、1900年(明治33年)であったとして、
今でも「車両が左側通行」であるイギリスの法律を導入したんだという。
「廃刀令」は、明治9年に出ている。
昔、武士階級だった士族も、被支配階級だった平民も、
慣れている「人間の左側通行」をすぐにやめることはなかったように思う。
しかし、明治33年になると、「馬車」や「人力車」ばかりでなく、
「自転車」や「自動車」までもが輸入されるようになったから、
日本の内務省は、「車両の左側通行」を法的に規制する措置に出た。
その時、「左側通行」に慣れていた「人間」は、
「右側通行をすることが望ましい」と要求されたのである。
江戸時代は、「人間の左側通行」と同時に「籠」も「馬車」も
「乗馬した武士」も、「左側通行」だったはずである。
「殺し合いになったから」という殺し文句をチコちゃんに言わせたいため、
こういう論理的におかしい設問と解答の例になったものと思われる。
チコちゃんに言うんだけど、
「ボーっと生きてんじゃねーよ!−」
それにしても、NHKは、語源や歴史認識の誤謬が多いんじゃないか。
そのため、「語源のブログ」の中に「NH系の語源」という
サブジャンルを設けることにした件については、前回お伝えしている。
乞う、ご期待!