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大学の語源(その55)、NHK「5月19日のブラタモリ・天城越え」で感じた「歴史観不在の旅」・・・
 
 今日2018年5月19日放映の「ブラタモリ・天城越え」・・・

 「ブラタモリ」、僕は大好きで、毎週楽しみにしている!

 特に、タモリさんの「地質学・岩石学・地域学」の造詣と洞察力はものすごいと、
 驚嘆、脱帽している・・・

 しかし、今日の「ブラタモリ」には「歴史観不在」を感じ、残念でならない。

 番組一番の見せどころは、それまで天下の難所であった天城峠の下をくぐる
 「旧天城トンネル」(天城山隧道)貫通の秘話であった。

 このトンネルは、川端康成の『伊豆の踊子』や松本清張の『天城越え』にも
 登場する有名なトンネルである。

 完成は明治38年、工事期間は4年。

 ここで、僕は「日露戦争」と関係があるな、と直感した。

 しかし、NHKは、「日露戦争」の「に」の字も出さずに、「表玄関と浦玄関」
 の話で終始させてしまった。

 「表玄関」である「トンネル北側」は見栄えもよく、長持ちして、風化しない
 「玄武岩」を使っているが、「裏玄関」の「トンネル南側」は、付近から採れる
 風化すると、ぼろぼろにかけて来る「緑色凝灰岩」が使われている。

 トンネルを通して、東海道方面に出やすいように願った「下田地域」の住民は、
 工事費の60%を払わされたため、自分たち側の「トンネル南側」を安く、
 天城峠付近で採掘される「緑色凝灰岩」で仕上げた、という落しどころに
 なっていた。

 そういう「下田地域」の住民の心根は、よくわかる。

 しかし、ハリス米国公使も駕籠で越えた天城峠であるが、江戸時代、幕府は、
 下田に「下田奉行所」を置いて、沖合いを通過する千石船を監視していた。

 「入り鉄砲と出おんな」という幕府が諸大名を取り締まった交通違反法令は、
 箱根の関所では有名であるが、実は、下田奉行所も、千石船の船底に「鉄砲」
 のたぐいが隠され、江戸に運びこまれることを非常に警戒したのである。
 
 1853年に来日したロシアのプチャーチンは最初長崎に来て、下田に回航し
 てほしいと、長崎奉行所により要請された。

 しかし、米国のペリー提督は、下田を飛ばして、三浦半島の浦賀に来航した。

 驚いた幕府は翌年「日米和親条約」を締結したが、この時の開港場は下田・
 長崎であった。ハリス公使は1858年の「日米修好通商条約」まで、
 ここに滞在した。つまり、幕府は、従来の「下田で江戸湾(東京湾)に入る 
 諸船を監視する」という基本原則を守ったのである。

 以上のことから、下田は、江戸幕府の天領(直轄支配地)であり、色んな
 面で優遇されていたはずである。しかし、1859年に開港場と奉行所が
 閉鎖されると、急激に「陸の孤島」と化し、住民の不便さが増して行った。

 そこから、下田は、もう一度復活する。

 その復活を成し遂げた「資源」とは、「伊豆石」という頑丈で風化しない
 「玄武岩」であった。

 この石は、江戸城築城の時にも、海路、江戸湾にまで運搬されている。

 『世界百科大事典』(平凡社)
 「下田(市)の周辺は、江戸城の築城に用いられた伊豆石の産地で、
 幕末には品川の台場に使われるなど大正期まで下田の主要産業であった」

 この旧天城トンネルが完成したのは、明治38年で、
 工事期間は4年であったという。

 計画期間を入れると、ロシアが旅順・大連を租借した時期とぴったり
 重なって来る。租借は明治31年だからである。このころ、

 日本は、脅威のロシア海軍に対する防衛のため、東京湾に「海堡」を
 築いていた。

 『日本の城』(理工学社)
 「明治政府は東京湾の浦賀水道に人工島を三基築いて湾内の東京・横浜・
 横須賀等を防御する要塞をつくった。富津岬から水走沖合いの間の三基の
 要塞のうち中央が第二海保で、明治22年起工、大正3年に竣工、
 世界最大の海堡であった」

 つまり、日露戦争の日本海海戦まで、「伊豆石」は、海堡や海岸砲台に
 優先して使われていて、下田地域の住民たちは、それに対する遠慮もあり、
 自分側の「トンネル南側」には緑色凝灰岩を使ったようなのだ。

 旧天城トンネルは、もちろん住民たちのためでもあった(海が荒れている時)
 が、軍事の目的もあったに違いない。

 日本海軍より、ロシア海軍の方がはるかに優勢であり、もし戦争となれば、
 陸の孤島下田は占領までは行かないだろうが、封鎖される危険性はある。
 その時、静岡の歩兵第34連隊の陸路による出動は必須である!
 というような見方はされたはずである。

 そのためには、トンネルが必要だということから、
 明治34年に起工された・・・

 日ごろから、陸軍や海軍にお世話になっている産業を持つ下田地域としては、
 工事費の60%を負担することになっても、文句が言えなかったのである。

 NHKは、以上のような話はせずに、ブラタモリ流の「地質学・岩石学」を
 貫き通し、最後は誰もが感動する「表玄関・裏玄関の心根学」に落としこんだ。

 巧妙と言えば、巧妙であるが、「歴史観不在」は、まずいと思う・・・

 

 

 

 
 

 
author:ぷるの飼い主, category:U‐University(大学の語源事典), 22:17
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