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グルメの語源辞典! 日本全国の「お寿司屋さ〜ん」、 「すし(鮨・鮓・寿司)」の正しい語源をお客さんに広めて、ね・・・
 日本起源のモノを「その発祥はわが国だ!」と名乗りを上げる相変わらずの某国。

 日本の「すし」も狙われているようだ・・・

 ニューヨークには、日本料理店を名乗る店が2万軒もあると言う!

 何しろ、日本食ブームは、世界中の大流行なのだ・・・

 しかし、その大半は、日本人経営ではないと言って過言ではない!

 日本のモノを作って商売をする、それ自体は国際ルールには違反しない。

 しかし、日本の文化というものに対する敬意が払われなければ、
 「仏作って、魂入れず」、ということにならないだろうか?!

 日本の文化に敬意を払わずに、「すし」を作って儲けて、
 良心のとがめがない最高の商売の方法は、「すしの発祥はわが国だ!」と
 いう論理をでっ上げれば、一番いいのである・・・

 そこで、日本の「すし」という言葉の語源について調べてみた。

 日本の「平仮名」を「その発祥はわが国だ!」とは言わないだろう。

 「すし」という「平仮名のすしの表記」は、なんと、西暦935年なのである。

 承平五年一月十三日の『土佐日記』・・・

 この日記は、当時女性が使う文字とみなされていた「平仮名」を男性の紀貫之が
 使って書いたことで有名であるが、

 国守の紀貫之は土佐国(高知県)の国府を出て、船で室津、今の室戸岬にて
 嵐のために足止めをくらっていた。その十三日の条の続きに、

 「ほやのつまのいしずし、すし鮑(あはび=あわび)」と出て来る。

 この意味は、

 「ほやという海の生物を石の重みで塩漬けにしたものや、すしのあわび」。

 「すしのあわび」は今では最高の寿司ネタであるが、この時代にあったのだ。

 漢字の「鮓(すし)」が初出するのは、それより200年早い西暦734年。

 奈良の正倉院に保管されている「正倉院文書―天平六年―」・・・

 ただし、古代には、「すしめし」はついていないようだ・・・

 だから、「すし」の語源は、「すめし」の「め音脱落」ではなく、

 「酸(す)し=すっぱいを意味する古語の形容詞ク活用終止形」なのである。

 「寿司(すし)」という文字は、近代以降、「ことほぐ時のお料理」という
 意味から造語されたと言われている(『日本語源大辞典』)(小学館)・・・
 
 日本全国の「お寿司屋さ〜ん」、この語源をちゃんとお客さんに教えてあげて!

 そして、世界中の「Mr.Sushiya」、この語源をちゃんと覚えてね! 

 
author:ぷるの飼い主, category:G_Gourmet(グルメの語源事典), 23:19
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グルメの語源(その7)、イタリア料理 pasta(パスタ)の語源は、「水をふりかけた(小麦粉)」・・・
 僕の年代の子供時代、「イタリア料理」といえば、ほぼ「スパゲッティ」と決まっていた・・・

 だから、ちょっと小洒落たレストランで、「パスタ、何になさいますか?」と聞かれ、
「マカロニ」や「ペンネ」や「ファルファッレ」を選ぶ若い人たちに、大変びっくりしたものだった!

 でもそのうち、娘がイタリアから食材を輸入する会社で働くようになり、「パスタ」が色んな形状をした
「小麦粉素材の食べ物」であることを教えてもらった。

「語源」については、なぜだかよく分からないが、今日までほったらかしだった・・・

 ところが、この『語源のブログ』に、以前「G Gourmet(グルメ)の語源事典」というコーナーを作った
ことを思い出したので、ここに「パスタ」の語源を書き足すことにした。

 ウィキペディアには、まず、「日本語の「麺類」とほぼ同義の概念を持つイタリア語」とある。

 しかし、『漢語林』(大修館書店)によると、漢字の「麺」は、「「麦=小麦粉」+「面=丐=綿=
つながる=糸・ひも状のもの」」であり、

 「スパゲッティ=spaghetti < イタリア語の spago(スパーゴ)=string(ストリング=ひも)」と
同じになり、60代の僕と変らない認識であることが分かる。

 次いで、ウィキペディアには、「俗ラテン語の pasta (生地、練りもの)に由来するものである」と
あるが、『英語語源辞典』(研究社)によると、
「俗ラテン語」より古い「ギリシャ語の語源 pastos(パストス)」があり、その意味は「水をふりかけた」

 つまり、「pasta(パスタ)」の語源は、「水をふりかけた(小麦粉)」であり、

 そこから、英語の paste(ペイスト=パンの生地→糊・練り物)やフランス語の pa^te (パット=
練り粉・生地)が派出し、ついにはフランス語のpa^te (パテ=肉や魚のすり身)まで出て来たのである。

 以上のことから、「パスタは形状のこだわらない小麦粉素材のイタリア料理」ということになる・・・
   

 
author:ぷるの飼い主, category:G_Gourmet(グルメの語源事典), 10:52
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唐辛子(とうがらし)の語源にちなみ、朝鮮料理のコチ醤(ジャン)の語源!
 昨日の続き・・・
 メキシコを征服し、赤道付近を東から西に吹く貿易風に乗って、太平洋を横断したスペインは、フィリピンを支配する。フィリピンの語源について、『世界地名ルール辞典』(創拓社)にこうある・・・
「1534年、スペイン政府はこの諸島をスペイン植民地とすることに決定、当時のスペイン皇太子フェリペ2世 Felipe にちなみ、この諸島の公式名をフェリピナ Felipina と発表した」
 その少し前の1511年、ポルトガルは、マレー半島の南西岸にある港町マラッカを支配していた。ここは、pepper (ペッパー)を中心とする「香辛料」の集散地になっていた。15世紀の前半、都合7回にわたり「南海遠征」を行なった鄭和の艦隊が、さらに西のインド・アラビア・アフリカを目指す時の「中継基地」になっていたことがあり、「マラッカ王国」が栄えていた。
 当然、アフリカ・インド回りのポルトガル人、メキシコ・フィリピン回りのスペイン人はこの地で「香辛料」の販売を扱うアラビア人・インド人からそれを入手する。その時、スペイン人は、chili pepper (チリペッパー)を red pepper (レッドペッパー)として、white peoper や black pepper の「胡椒(コショウ)」と交換したものと想像される。
 赤・白・黒の違いで、その呼び方を変え、「コショウ」の別種類であるが、「辛(から)さ」は格別。これがスペイン人の謳い文句だったのではないだろうか。
 明の商人は、「コショウ」を「胡(コ)=西域に住む異民族(インド人・アラビア人)」+「椒(ショウ=山椒・和名ははじかみ=古事記)」と認識していたから、同じように、「胡(コ)=スペイン人」+「辛(シン)=辛いもの」と把握し、自国・日本・朝鮮半島に持ち込んだ。
 だから、『世界大百科事典』(平凡社)の「トウガラシ」の項にあるように・・・
「≪多聞院日記≫文禄2年(1593)2月18日条には、明らかにトウガラシである物がコショウとして記載されている」ということになる。
 以上のことから、この項の以下の説は間違っているのではないかと思えて来る・・・
「トウガラシの日本渡来の時期について、江戸時代には三つの説があった。第1は1542年(天文1)ポルトガル人が伝えたとするもの(佐藤信渕など)、第2は1605年(慶長10)とする説、第3は秀吉の朝鮮出兵、つまり文禄・慶長の役(1592−98)の際、種子を持ち帰ったとするもの(貝原益軒など)であるが、どうやら第3説が正しいようである」
 第1説は、ポルトガル人の鉄砲伝来は1543年であるから、ポルトガル人は日本に来ていない!
 第2説は、先ほど紹介した≪多聞院日記≫文禄2年(1593)2月18日条より、新しい!
 第3説は、一見正しいようだが、文禄の役は1592年に始まり、撤兵は96年だから、種が朝鮮半島  に渡っていたとしても、持ち帰ってはいない!

 実は、1550年(天文19)に、ザビエルが鹿児島から東上の途中、平戸に立ち寄っている。彼は、スペイン人で、セイロン・マラッカ・モルッカ諸島で布教活動を行い、マラッカで日本人アンジローと出会って、日本行きを決意したのである。だから、アンジローなどの側近者がマラッカで「red pepper (レッドペッパー)」を入手し、これを日本に持ち帰ったということは考えられる。
 明の商人から直接入手ものに「唐辛子(とうがらし)」と名づけたのは、17世紀に入ってからであるが、ちなみに、「辛(から)し=からい」というのは、「唐(から)+し(形容詞の語尾)」ではなかったかと考える。朝鮮料理の「コチ醤(ジャン)」は、多分であるが、「胡(コ)+辛(シン)」が「コチ」に変化し、
「味噌(みそ)」を意味する「醤(ジャン)」がついたものであろう。
 
 
author:ぷるの飼い主, category:G_Gourmet(グルメの語源事典), 10:10
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chili pepper (チリペッパー=トウガラシ)の語源! 合わせて、「唐辛子(とうがらし)」の語源!
 昨日の続き・・・
「チリの巨大地震」のことから、Chile (チリ)の語源)について・・・
「chili (チリ=トウガラシ)は、北米アメリカのインディアン語で、スペイン・メキシコ語を経由してスペイン語から英語になった言葉で、「熱帯アメリカ産唐辛子」という意味。原種の「とうがらし」は、熱帯産だから、標高が高く、寒冷なチリの語源にはならない」と書いた・・・

 今日は、chili pepper (チリペッパー)がどうして「唐辛子(とうがらし)」と翻訳されたのか、考えて
みたいと思う。
 ここでポイントとなるのは、pepper (ペッパー=コショウ)という言葉である。
 これを『英語語源辞典』(研究社)で引くと・・・
「インドのサンスクリット語のpippali (ピッパりー)がギリシャ語のpeperi (ペペリ)、ラテン語の
piper (ピペル)を通じて、大部分のヨーロッパ語に借入された言葉である」
 
 ということは、紀元前にはインドからギリシャに伝わった言葉であり、当然、「コショウ」というインド原産の香辛料がヨーロッパに持ち込まれた時に、言葉も広められたということになる。
 どうして、ヨーロッパでは、「コショウ」を珍重したのか?
 それについては、『世界大百科事典』にこういう記述がある・・・
「最も古くから著名なスパイスの一つで、香辛味のほか防腐効果、食欲増進の効果などがある」
 すなわち、ヨーロッパでは、牛肉や豚肉を食べる習慣があり、秋に肥えた牛や豚を殺して厳しい冬を乗り切る生活であった。身分の高い層は just alive (ジャスト・アライブ=今まで生きていた)を食べることができるが、これを美味しく食べるにはコショウが必要だし、それ以下の階層は塩漬けの肉を食わざるを得ないが、これまた腐らせず、若干のにおいを消した上で美味しく食べるにもコショウが欠かせなかったのである・・・

 それを求めて、インドに渡ろうとしたのが「大航海時代」であり、イタリアの航海者でスペイン王国の援助を受けたコロンブスは大西洋を横断して西インド諸島を発見し、ポルトガル人のバスコ・ダ・ガマは喜望峰回りのインド航路を開拓した。

 そして、このコロンブスが「chili pepper (チリペッパー=唐辛子・とうがらし)」をヨーロッパに持ち帰り、広めたと言われている。想像するに、北米インディアン語の chili (チリ)を聞き、これに「香辛料」の代名詞となっているラテン語の piper (ピペル)をつけたのだと思う。
 その後、スペインは、メキシコを征服し、赤道付近を東から西に吹く「貿易風」を利用して、太平洋を横断、フィリピンを経由してインドネシアのモルッカ諸島に渡航する。フィリピンの語源については、『世界地名ルール辞典』(創拓社)にはこうある・・・
「1534年、スペイン政府はこの諸島をスペイン植民地とすることに決定、当時のスペイン皇太子フェリペ2世 Felipe にちなみ、この諸島の公式名をフェリピナ Felipina と発表した」

 以上のことから、1543年に種子島に鉄砲を伝来させたポルトガル人や1549年に鹿児島に来てキリスト教の伝道を請うたザビエルよりも早く、スペイン人が日本近海に来ていたことがわかる。彼らは、「銀の重さと同等の価値」を持つ pepper (ペッパー=コショウ)を得るために、中南米の熱帯で仕入れたchili pepper (チリペッパー=トウガラシ)を持って来て、安値で交換していたのではないだろうか。彼らは、どうやってスペイン本国に帰ったかというと、日本沿岸を北へ上り、そこで偏西風(西から東へ強く吹く風)に乗って、北米に到着、沿岸伝いにメキシコまで下り、今度は大西洋航路でスペインに戻っていたのである。

 こうして、chili pepper (チリペッパー=トウガラシ)はアジアに持ち込まれたが、この普及には、
「明の商人たち」が関わっていたのではないだろうか。だから、日本に持ち込まれた時には、「唐辛子(とうがらし)」と名づけられたのである。

 長くなったので、続きは、明日にしよう・・・


author:ぷるの飼い主, category:G_Gourmet(グルメの語源事典), 10:40
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新説!子規と真之の野球の「ハイボール」と、小雪のサントリー「角ハイボール」の関係・・・
 明日から、いよいよ、『坂の上の雲』・・・
 初回の「少年の国」に登場する子規と真之の「ベースボール」のシーンに相変らずこだわっている。
その中で、子規は投手に対し、「highball(ハイボール)」を要求し、これを打ち返すが、このルールは1871年(明治四年)に生まれたもの。『コペットが書いた簡明なMLBの歴史』という本によると、ハイボールは「肩の高さから腰まで」、lowball(ロウボール)は「腰から膝まで」となっている。現在のストライクゾーンは「肩と腰の中間線から、膝の下部まで」と規定されているから、1871年に作られたルールと「言葉上の整合性」を持っていることがわかる。
 さて、NHKの『坂の上の雲』の裏の民放で、サントリーの「角」のCFが流れていた。色っぽい小雪が「ハイボール」を作って、男性陣に振る舞っている・・・
 そこで、「ハイボール」の語源を調べてみた。「ハイボール」は、欧米では一般的に「ウィスキー・ブランディ・ジン・ウォッカなどをソーダ水で割って氷を入れて背の高いグラスで飲む飲料」のことだが、語源的にははっきりしない。しかし、サントリーはウィスキーメーカーから発祥しただけあって、
「スコットランドのゴルフ場で当時珍しかったウイスキーソーダ割りを試している所へ、高々と打ち上げられたボールが飛び込んできて、「これがハイボールだ!」と言ったという説」を紹介している。これは、サントリーお役さまセンターHPに載っている。
 その他には、研究社の『英語語源辞典』が「1897年 《米》ハイボール。これはバーテンの隠語であるhigh(ハイ=背の高いグラス)で作って飲ませることに由来する」とする一方、「highball 《1832》「(米国の鉄道で)「進め」の信号に使った、高くかかげた「金属製の玉」の意味からの転用」という別な説も取り上げている。
 しかし、「ハイボール」には、4つの要素が必要だということを忘れてはならない。
  屮Εスキー・ブランディ・ジン・ウォッカなどのspirit(スピリット=アルコール度数の高い強い酒)」
 ◆屮宗璽誠紊蓮当時、高価な天然鉱泉水であり、工場で炭酸ガスを圧入させるものではない」
 「冬をのぞいて、氷を手に入れるのは難しい。C・リンデが1874年アンモニア冷凍機を発明し、その後改良が進められた」
 ぁ崔沙瀬スが簡単に空気中に逃げ出さないように、広口でない背の高いグラスが必要であった」
 以上のことから、『和・漢・洋・才 語源のブログ』は、「ハイボールの語源」をこう考えたい。
「1897年、ニューヨークのような大都会のバーで誕生した。鉄道マンなどが飲んだのではなく、かなりお金に余裕のあるビジネスマンたちの間で流行したのではないだろうか。ナショナル・リーグ、アメリカン・リーグの両リーグ制が実施される近代ベースボールの開幕は1901年のことで、1897年にはニューヨーク・ジャイアンツ、ブルックリン・ブライドグルームズ(ドジャーズの前身)が存在し、すごい人気であった。アンモニアを使った製氷機も改良され、夏場のアイスの需要に応えられた。そういう環境がそろう中、贅沢な氷の入った背の高いグラスに輸入スコッチとこれまた高価な天然鉱泉水を入れ、軽く2回ほどかき回すと、氷の間から炭酸ガスの気泡が表面に上がって来る。その状態をベースボールを愛する人々が、自分たちが好んで打ったhighball(ハイボール=ストライクゾーンの高目のボール)になぞらえ、洒落てこう呼んだに違いない。ということは、子規と真之の「ハイボール」と小雪の「ハイボール」は語源が一緒ということになりはしないだろうか・・・
author:ぷるの飼い主, category:G_Gourmet(グルメの語源事典), 14:00
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