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今日は、絆(きずな)の語源、新説発表! 語源は「引き綱(ひきづな)」だった・・・
 今日1月17日は、阪神・淡路大震災から17年!

 その犠牲者を追悼する被災地の会にも、「絆(きずな)」という竹灯篭があった・・・

 昨年を表す漢字としても選ばれた、東日本大震災に遭った日本人が最も大事にしたいことを表現する言葉として・・・

 これを『新明解 国語辞典』(旺文社)で引くと、
「きずな(絆) 動物をつなぎとめる綱。◆米親などの)離れにくいつながり」

 さらに、『広辞苑』(岩波書店)を見ると、
「きずな(絆) 物をつなぎとめる綱。 断ちがたい恩愛。離れがたい情実」

 語源については記載されていないので、『日本語源大辞典』(小学館)で確認すると、
「きずな[きづな]【絆】  馬、犬、鷹などの動物をつなぎとめる綱(『十巻本和名抄』934年頃) 人と人とを離 れがたくしているもの。断つことのできない結びつき(『平家物語』13世紀前半)」とあり、語源として、

「 クビツナ(頸綱)の義。 ヒキツナ(引綱)の上略。 キヅナ(騎綱)の義」などが並んでいる。

 ここまででで判明したことは、
 a「きずな」は現代かなづかいであり、もともとは「きづな」である・・・
 b しかし、語源に関しては、明確なことはわからない、ということだ・・・
 c しかも、初出の『和名抄』と次出の『平家物語』では意味が正反対。前者は「束縛の綱」であり、後者は「断ちがた い愛情の綱」だということだ・・・
 
 そこで、さらに『漢語林』(大修館書店)という「漢和辞典」を引くと、
「絆(ハン・きずな) ア 牛馬などの足をつなぐなわ。イ 物をつなぎとめるもの。自由を束縛するもの」

「絆(ハン)」は「羈絆(キハン=つなぎとめること)」の「絆」であり、その「半(ハン)」は「攀(ハンー=引く・
よじのぼる・たよる)」に通じるとある。中国の漢字としては前者の「束縛の綱」という意味であることがわかる。す
なわち、『和名抄』は中国の漢字に忠実な意味に使い、『平家物語』の中に出て来る「絆」は「断ちがたい愛情の綱」
という「日本的な意味合い」であったということなのだ・・・

 では、「日本的な意味合い」はどういう由来で出て来たのだろう。この「語源のブログ」の得意とする「想像力」を発
揮させてみると、
 
 A 古代の一般的な生活の中では、古墳時代までさかのぼるほど昔から、「ひきづな」という言葉があった・・・
 B それは、例えば、諏訪大社の「御柱祭」にも出て来るような「大木を引くふと綱」があり、これを「引き綱」もしく   は「木を引く綱という意味で、木綱(きづな)」と呼んでいたのではないだろうか?!
 C お棺(カン)のことを、古代では「き」と言っていた。もともとは「木造」であったからであるが、そのことから、  それを収める石棺も「き」と言っていたように思う。これは『古今集』に「木(き)」と「棺(き)」の掛詞として  使われている用例から推量できる。
 D「大木」や「石棺」は非常に重い。これを大勢の人々が引っぱる時、「人々は気を合わせ、力を合わせよう」とす    る。大きな社を建てるとか古墳を築くいうような大きな目的に向けて、人々は協働作業をしていたのだ!
 E 従来の説は、「束縛の綱で人々はつながれている」としていた。しかし、最近では、「古代ピラミッドは心を合わ    せ、力を合わせて、共通の目的に向って建設されたもの」という説が有力になりつつある。

 以上のことから、「絆(きずな)」の語源は、「大木や重い石棺を引っぱるきづな」であったと言えそうだ。

 
 だからこそ、阪神・淡路大震災でも、東日本大震災でも、「復興に向けて人々は、気を合わせ、力を合わせて頑張ろう とする時、この絆(きずな)という言葉を大切にしようと思う気持ちになる」ということなのだと思う・・・
  
author:ぷるの飼い主, category:3・11 地震・津波の語源, 20:03
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「辞任は復興に一定の目処(めど)がついたら」と菅首相。その「目処(めど)」の語源について・・・
 6月2日、衆議院本会議で、「菅内閣不信任案」が賛成152票、反対293票で否決された・・・
それに先だつ今日の朝日朝刊の見出しは、

「不信任案で民主緊迫 首相、可決なら解散意向」

 いかにも不信任案が可決されるという感じだったが、賛成する方向でまとまっていた「民主党の小沢派」が賛成票を投じた人ふたり、欠席31人。さらに「鳩山派」が反対に回ったため、賛成票が伸びなかった。

 これには、菅首相と鳩山前首相の午前中の会談が行なわれた後に開かれた「民主党代議士会」で、前者が釈明演説を行い、後者が会場から会談報告をしたことが大きかったようだ。

 その「辞任は復興に一定の目処(めど)がついたら」の「目処(めど)」という言葉が非常にあいまいであるため、鳩山前首相と岡田幹事長の解釈の仕方にも違いがあるが、その「政治的判断」は新聞やテレビに譲るとして、ここでは、「目処(めど)の語源」について解説しようと思う。

 この言葉、不信任案を突きつけた自民党の石原幹事長は、本会議の説明演説で、「モクト」と読んだ!

 これはまずいと思ったのか、本会議終了後のNHKインタビューでは、「めど」と言った!

 語源的にいうと、

 「目処」は「めどと読む和語」で、「針孔」とも書く!

 意味は、「 〇紊鯆未垢燭瓩痢⊃砲侶蝓廖福愎渓晴髻々餮貅典』(三省堂))

 非常に小さい穴なので、片目をつぶり、利き目に神経を集中させて「糸を通す」。だから、「目(め)+処(ところのと)」といったのではないだろうか。

 では、「◆〔椶△董Ω通し」(同上)という意味はどうやって出て来たのだろう?

 多分、「運針(ウンシン=和裁で針の運び方)」をして行く時、右手で針を持つとすると、左手は「ある程度の幅を保って、針が運ばれて来るところの布の部分を親指と人差し指で挟むように押さえることから、「針を運ばせる目あて」というような意味合いが生まれ、そこから、その布全体を縫い終わる全体としての「見通し」というような言葉使いになったのではないだろうか。

 それに対し、石原幹事長が誤って読んだ「モクト」という言葉は、

 「目途(モクト)」という漢字で、『新明解 国語辞典』によると、

「「目標」の意の漢語的表現」で、意味は「それからはずれまい、そこまで届こう(かせよう)とねらうもの」となり、どちらかというと、「きちんとしたスケジュールに基づいて設定された到達点」となり、かなり言葉のニュアンスが違って来る。また、「目(モク=音読み)+処(と=訓読み)」となるから、「目処(めど)」を「モクト」とするのは、「重箱読み」になってしまうのだ・・・

 石原幹事長が「目処(めど)」を本会議で読めなかったのを聞いた時、もし麻生元首相がこんどの大震災を表現したとしたら、多分、こういったに違いないと思った・・・

「未曾有(みぞうゆう)の大地震と大津波、原発事故でありまして・・・」



 
author:ぷるの飼い主, category:3・11 地震・津波の語源, 16:16
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「地震の語源」(その2)、地震という言葉は、春秋時代の中国生まれ、孔子の造語だった!?
 昨日のブログの続きです。

「諸芯さん」からの質問「「地震」という言葉じたいの語源、というかいつから使われた言葉なのかも調査されるのでしょうか(単に文明開化期からか?)。楽しみにしています」にお答えすると、

「地震という言葉は、中国生まれだった」ということです。

『大漢和辞典』(巻三・諸橋轍次・大修館書店)によると、

「地震」
「〔春秋、文、九〕 癸酉(みづのとり)、地震」
「〔国語、周語上〕 陽伏而不能出、陰遁而不能烝。於是有地震」
「〔漢書、景帝紀」 五月、地震」

と出て来ます。「春秋」について、『世界大百科事典』で引いてみると、

「中国の古典。周代の魯国に≪春秋≫と呼ばれる宮廷年代記があった。このうち隠公1年(前722)から哀公14年(前481)にいたる、12公、242年の部分に対して、孔子が独自の理念と周到な論理をもって添削を施したという。こうして成立した≪春秋≫は儒家の重要な教科書となり、五経の一つに数えられる」

『春秋』に書かれた「癸酉(みずのとり)」が西暦何年の何月なのかはっきりしないので、孔子が添削を施したとされる242年間に「文公」が存在するかどうか、ウィキペディアで「魯」を引くと、

「歴代君主19 文公(姫興)紀元前626年・紀元前609年、在位18年」(姫が苗字で、興が名)

 以上のことから、「春秋、文、九」というのは、「文公即位・紀元前626年」、「文公九年・紀元前618年」ということになります。「癸酉(みづのとり)」が何月であるかは未調査ですが、その年の「地震」という記載がこの言葉の初出で、紀元前618年ということになります。さらに想像をたくましくすると、「孔子が地震という言葉を添削した、あるいは、あたらしく地震という言葉を造った可能性がある」といえるでしょう。

『国語』について、前掲書は、

「中国、春秋時代の歴史を国別にまとめた書。21巻。著者は不明。孔子の門人の左丘明の作とする説があり、≪左氏伝≫を<春秋内伝>というのに対して、<春秋外伝>という」

「陽伏而不能出、陰遁而不能烝。於是有地震」についての読みは何となくできるものの、正確な意味の解説はできないので、お許し下さい。

『漢書』については、有名ですので、あらためて説明する必要はないと思いますが、このように、

「中国において、≪地震≫という言葉が紀元前から使用されているのです」

 最近、中国で「四川大地震」が起こっていますし、1976年には北京の東150キロのところに位置する唐山という都市を直下型大地震(M7・5〜7・8)が襲い、公式記録で約24万人、非公式には60〜80万人の死者が出たといわれています。これについては、「唐山地震」をウィキペディアで検索して見て下さい。

 だから、中国の人の中には、今回の「東日本大震災の原因と被害状況、原発事故、今後の復興経過」を、注意深く見守っている人がかなりいるのではないかと思われます。

 (このブログは続きます)
author:ぷるの飼い主, category:3・11 地震・津波の語源, 09:43
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「地震の語源、その言葉がいつから使われていたか?」という質問にお答えして・・・(その1)
 珍しく、このブログにつぎのような投稿が寄せられました。「諸芯さん」という方から・・・

「記事ID 293
コメント 語源の探査、お疲れ様です。
「名洗」についてですが、「那為(なゐ)の那(な=大地)+洗(あら)い」であれば単純に大地が(常に)波に現れる土地、という解釈もできますね。
もっとも地震による津波が語り継がれた地名だとしたら壮大ですが……

ところで、「地震」という言葉じたいの語源、というかいつから使われた言葉なのかも調査されるのでしょうか(単に文明開化期からか?)。楽しみにしています。     投稿者 諸芯」

 まずは、「名洗」の語源について・・・

 角川の『日本地名大辞典』(12 千葉県)によると、
「名洗は、名洗浦に由来し、銚子港が利根川河口にあったため、漁船・一般船舶の遭難が多く、その解決策として建設された避難港」

 利根川河口の北側には「波崎」がありますし、さらに北の那珂湊の南には「大洗」があります。そこから、「諸芯さん」 が書かれた「単純に大地が常に波に洗われる土地」という解釈の方が正しいような気がします。ただしこの場合の「名(な)」は「波(なみ)」の頭音で、「波(な)+洗(あら)い」。

 そこから考えると、「大洗(おおあらい)」は、「大きな波が打ち寄せて洗う海岸」ということでしょう。ただし、古語で解釈すると、「洗(あら)ふ」に「荒(あら)ぶ=あばれる・乱暴する」という言葉が掛け合わされているような気がします。そうなると、本当の意味は・・・

「普段は、波や大波が洗う海岸だけど、地震が起きると、荒ぶる津波が押し寄せることがあるかもしれない」

 以上、「諸芯さんの説を基本とし、掛詞的意味合いが含まれている地名」ととらえることができるようです。

 今日は、プルちゃんの散歩のあと、お風呂に入れてあげ、さらに「風呂洗い」したので、少々疲れました。投稿のご質問については、明日のブログに書きます・・・  

 
author:ぷるの飼い主, category:3・11 地震・津波の語源, 10:55
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巨大地震の後、なぜ、マグニチュード7クラスの地震が起こるのだろうか?
「地震・津波の語源」を書こうとしたら、11日の5時過ぎ、マグニチュード7の地震が起こった!

 そこで今回は、「巨大地震の後、なぜ、マグニチュード7クラスの地震が起こるのだろうか?」

 3・11の巨大地震は、マグニチュード9であった。マグニチュード7の地震も、「9≒7」で相当大きいと思うのが、世の中の常識であるが・・・

 しかし、このマグニチュード、「1」違うと、「10×√10」の大きさの違いがあるという。

 √10は、3・1<√10<3・2だから、「10×√10」は、31倍より大きく32倍より小さい。

 それでは、マグニチュード9とマグニチュード7の大きさの違いはというと、

(10×√10)×(10×√10)=(10の2乗)×(√10の2乗)=10の3乗=1000

 つまり、3・11の「本震」は、4月11日の「余震」に対し、地震の規模にして「1000倍大きい」ということなのだ。

 この「1000倍大きい3・11の本震」は、11日の朝日朝刊「東日本大震災の衝撃 専門家に聞く」シリーズ「M9の謎 解明が急務 メカニズム 日本地震学会長 平原 和朗さん」によると、

「地下の岩盤が断層を境にずれたが、その長さは約450キロ、幅約200キロ、ずれは最大20メートル以上。全部が一様にすべらず、岩盤が不安定になったため、大きな余震が続いている」

 簡単な説明をすると、

新聞紙の見開きを手でビリビリ破るのが、マグニチュード9の本震。

はさみで切っていないので、きれいな切断にならない。

そこで、はさみで切断のギザギザをきれいに切り落とす。その小さな切れ端が「マグニチュード7」。

今後、どれくらいの頻度で余震が起こるかわからないが、小さなギザギザがたくさん残っていると、そこに地殻の圧力でそれを修正する働きが加わり、今回の余震規模の大きさの地震が、かなり発生することになる。

今回の地震と津波で、「地震学」は相当のデータを入手したという。再び「朝日新聞の平原さん」・・・

「M8の地震までは、これまでの考え方が通用するだろう。新たに突きつけられたM9の謎を解き、わかったことを社会に伝えていきたい」

 続きます・・・

 

 
author:ぷるの飼い主, category:3・11 地震・津波の語源, 00:14
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