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「真・イチロー打法」、その真実!
 イチローの打ち方を「真・イチロー打法」と呼ぶことに決めた。そのことは昨日書いた。今日はその続き、もう少し具体的に解説したいと思う。

 僕は、イチローのバットを1度目にしたことがある。2004年にイチローが262本のMLB最多安打記録を樹立したシーズンのオフになった直後、ニューヨーク州のクーパーズタウンの野球殿堂を見学に行った時、「彼が大記録を打ち立てた黒いバット」を感激しながら見守った。日本のマスコミ界は、「今クーパーズタウンは改装中で、それが終了次第見ることができる」と書いていたが、改築中の殿堂はオープンしていて、早くもイチローのコーナーが設けられていた。だから、僕と娘は、イチローコーナーを見学した最初の日本人となったのである。

 そこで見たイチローのバットは、「全体に細身で、グリップエンドの丸みも、歴代の名選手が使ったほかのバットに比較すると小さく出来ている」。イチローのウィキペデアを開くと、トップに、投手がセットアップする前に投手のほうにバットを立てて構える彼独自のroutine(ルーティーン=決まりきった手順・動作)の写真が掲載されている。それを観察すると・・・

イチローは、右手小指と薬指によってバットエンドの丸みを握っている。

丸みは、右手のたなごころの外にはみ出ておらず、中指と人差し指は丸みから外れている。

親指は、人差し指の先端に合わせられているが、ギュッと強く握り締めている感じはしない。

以上のことから、イチローが「ゆるく丸みを握って変幻自在なバットコントロールをしている」ことがわかる。

イチローは、左打ちであるが、左手捕球で、右手投げである。その右手による遠投力はMLBでもトップクラスで、コントロール性に優れ、数々の本塁・三塁・二塁での捕殺を演じて来た。

ということは、イチローの右手は左手よりもはるかに強く、イチローはバットエンドのグリップに小指と薬指の力を割いても、バットを強く握り、振れる「強靭な握力とバックスウィング力」を保持していることが明白となる。

想像するに、イチローは色んな球種に対して、a.バットをボールにどういう角度で当てるか(バットを振り出す方向)、b.バットの真芯で打つか、ボールの上を打つか、下を打つか(ボールにバットを当てる箇所)、c.バットをどれだけ強く振るか(振りの強弱)という他のバッターもやっている三要素に加えて、d.バットの丸みを利用してバットの軌道をスウィング中に変えながら変化するボールに対応する、e.バットに対する右手グリップの強さを変えてボールの飛距離を調整し、瞬間的に動いた野手の裏をかいてヒットにするというような、変幻自在なバットコントロールを行なっていると思われるのである。

イチローのスウィング論の証明は、彼のフィニッシュを見ればわかる。彼はバッターボックスに立つ前に重りをつけた練習バットでスウィングした後、自分のバットを軽く振り、フィニッシュの感じを確かめた後、バッターボックス近くで膝の屈伸をするルーティーンをやる。その一連の動作の中で、フィニッシュが「彼が一番気にしているところ」なのだ。それは、『ゴルフ テレビ観戦で上達!』(EH春潮社)で書いたが、右手一本のスウィングが出来るかどうかということ。

つまり、投手が投げたボールに対し、ボールの曲がり鼻を意図通り弾き返すには、彼のような左打ちの場合、右手のバックハンドが最高の結果を出せるのである。なぜなら、「右手は、左手よりも、投手に近いからだ」。

テニスに「バック3年、フォア8年」ということわざがある。これは、「ボールを打ち返すにはバックのほうが難しいと思われがちだが、ちゃんと練習すると、3年でいい球を返すことが出来る。しかし、簡単と思われるフォアのほうが安定度が悪く、ネットに引っ掛けたり、オーバーさせたり。結局、8年かかってしまう」という意味。

 日本では、右バッターは右手で打つ、左バッターは左手で打つという伝統的な考えがあるが、「真・イチロー打法」はそれを否定しているのではないだろうか・・・
author:ぷるの飼い主, category:M_Major League Baseballの語源事典, 12:09
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イチローの変幻自在なバットコントロール、「真・イチロー打法」と呼びたい!
今日のタンパベイ・レイズ戦でも、イチローは2安打を放ち、今年の通算安打数を205本に伸ばした・・・
それでは、前回の「マリナーズの打撃コーチが説くイチローの5種類のスイング」に続き、「イチローはどうしてこんな多彩なバットコントロールが出来るのか?」という問題について考察したいと思う。

イチローは左バッターボックスに立つ前のroutine(ルーティーン)として、次のことを行う。これは、イチロー独自のもので、そこに彼の打法のヒントが隠されているように思う。

バッターボックスに入る直前、膝を深く折り、1回屈伸をする。これは「ヒザの動きを柔らかくする動き」だ。

イチローは松井秀喜のように、左バッターボックスの一番奥には立たない。センターからちょっとキャッチャー寄りに立つ。この時、左足インサイドで、ボックスの地面を一なでして、表面のでこぼこをはらう。

松井秀喜は左バッタボックスの一番奥を左足で深く掘り、そこに「重心を残したままの打撃」を行なうが、イチローには、ボックス地面を深く掘るような仕草はまったく見られない。

地面を深く掘ると、身体がクルリときれいに回りにくくなる。イチローのように「身体の回転でボールを打ち、体重を右足に移す打法」のプレーヤーには、整備されて平らなバッターボックスが一番いいと思われる。

こういう打法をイチローが日本で活躍していた時、マスコミは「振子打法」と呼んでいた。

僕は、このイチローの打法がゴルフスウィングによく似ていたため、『ゴルフ テレビ観戦で上達!』という本を書いた時、もしイチローがゴルファーに転向したら、「メジャーが獲れるプレーヤー」になると断言した。

現在のイチローは、球速が速く、球威のあるMLBに適合するため、日本にいた時の打撃フォームよりずい分とコンパクトになっているという評論家がいる。大きく振ると、芯を外して、狙いの方向に飛ばせないのだ。

松井秀喜のグリップは丸いバットエンドが完全に見えている。こては、ベースボールグリップの伝統的な握り方で、バットを強振するのに最適である。しかし、イチローの丸いバットエンドは右手のグリップの中に完全に隠れている。イチローは、この丸いバットエンドを手の中で「くるくる回しながら色んなボールを打っている」のだ。

つまり、バッターボックスの中央近くに立ったイチローは、出来るだけ、ボールを前で打とうとする。これは、伊達君子さんのライジングショット、サーフィスにバウンドした直後を打ち返す打ち方に似ている。変化球の場合は、ボールの曲がり初めのところを、バットでヒットさせて打つ。どんな角度のボールにも対応するできるように、バットエンドを右手のたなごころの中にすっぽり収めて、「変幻自在なバットコントロール」をしているのである。

以上の基本打法を何と呼んだらいいのか? それがわかるのは世界でひとり、イチローしかいない。だから、僕は、それを名づけて、「真・イチロー打法」ということに決めた・・・
author:ぷるの飼い主, category:M_Major League Baseballの語源事典, 14:42
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マリナーズの打撃コーチが説く「イチローの5種類のスイング」!
10年連続200安打を達成したイチロー、今日もタンパベイ・レイズ戦で2本を放って202本とした。今日の朝日新聞は、「イチロー伝説は続く」という見出しを立てて、「37歳で迎える来期は、大リーグ最多記録への期待がかかる」としている。その特集の中で面白かったのは、EYE(アイ)という西村哲也さんのコラム「大記録を生んだ5種類のスイング」。こう書いてあった・・・
 
「2001年、メジャー1年目の彼を取材していて、当時のジェラルド・ペリー打撃コーチに話を聞いた。

「彼は5種類のスイングを使い分けるんだ」

難しいボールを右にファウルする「スポイル」。
流し打ちの「スラップ」。
ボールの下をたたく「ストローク」
  野手のいない所へ強く打つ「スラム」。
腕だけでコントロールする「(テニス選手の)クリス・エバートのバック・ハンド」。

そう説明してコーチは首をすくめた。「なんでそんなことが出来るのかは、僕には説明できないけどね」

解説すると、

。鵤陦錚蕋譟淵好櫂ぅ襦砲蓮嵬鬚卜たせなくする」という意味で、内角から外へ切れ込んでくるヒットになりにくいストライクを、あえて一塁線の右にファウルさせる打ち方。多分、左右のwrist(リスト=手首)をうまく使って、フェアボールにさせないのである。

■鵤譯瓧陝淵好薀奪廖砲蓮嵎深蠅妊團轡礇辰搬任帖廚箸いΠ嫐で、真ん中から外角よりのストライクを左手を返さずに打ち返す打ち方。この場合、ボールの勢いに押されると三塁線の左にファウルになるが、イチローは難しいきわどいボールはそれで逃げ、甘いボールをレフト方向に弾き返す。

stroke(ストローク)は「野球らしく強振するスイングで打つ」という意味で、ペリー打撃コーチは「ボールの下をたたく」としているが、イチローにはその意識はあまりないと思う。イチローが強振すると、ややダウンブローに打たれたボールにバックスピンがかかり、ボールはライナー性の打球となって飛んで行く。今年の8月ヤンキースタジアムに4号と5号のホームランをたたき込んだが、ヤンキースタジアムはライト側が極端に短い設計であるため、イチローは意識的に強振し、1試合2本のホームランを打ったのである。

ぃ鵤譯瓧蹇淵好薀燹砲魯丱好吋奪箸離好薀爛瀬鵐のスラムで、野球では「ぽっかり空いている野手間を強く抜く、もしくはピッチャー強襲のセンター返し」というような意味で、打ちたい方向にバットを当てて行くのだろう。ゴルフでは「パンチショット」と呼ばれるが、この打ち方が最も方向性に優れている。

ィ癸瓧磽 hand(バックハンド)は、「右手の「甲」を打球面と意識し、バント・高いワンバウンドで打球球威を殺した内野安打、内野手の頭上を越えてポトンと落ちるカットショットをコントロールして打つ打ち方」。

イチローはどうしてこんな多彩なバットコントロールが出来るのか? それは次回のお楽しみ!
author:ぷるの飼い主, category:M_Major League Baseballの語源事典, 11:19
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おめでとう!10年連続200安打達成。それを祝し、今日は「イチローの夢」・・・
 今日、イチローは、対トロント・ブルージェイズ戦で2安打を放ち、今季通算200安打に到達、10年連続の200安打の記録を樹立した。  これは、タイ・カッブの通算9回の記録を超え、ピート・ローズの10回の記録に並ぶものである。ふたりは連続記録ではないから、イチローの記録はメジャーの歴史を塗り替えた立派な偉業として讃えられる。  ただし、イチローは、試合数が少ない日本のプロ野球で1994年、220本を記録しているから、実質的にはピート・ローズの10回を超える最多記録を達成したと言えるだろう・・・  では、イチローが今後の野球人生で実現したいと思う「夢」は・・・  小生は、イチローは怪我さえしなければ、「15回連続の200安打」を達成できるのではないかと想像している。イチロー自身もその目標に向けて、努力と鍛錬を怠らないのではないかと思う。  イチローの安打数は、今日現在、MLBのみの通算で2230本、日本のプロ野球の記録を入れると3508本。  今後5年間のイチローの記録を、平均215本×5年=1075本と予想すると・・・  合計すると、MLB通算で3305本。日本のプロ野球記録を合算すると4583本。  ということは、後者の記録なら、あと4年でピート・ローズの持つMLB記録4256本を超え、タイ・カッブの第2位の記録4191本を上回るということになる。  さらに想像を逞しくすると、この時、アメリカの野球界は、こぞってイチローの記録をMLBの記録の範囲にとどめるべきだという声が強まるだろう・・・  そこで、イチローはさらにつぎの目標を立て、新たな5年計画に自分自身を邁進させるだろう。この5年間は、 平均150本ぐらいに下がり、合計で750本。MLB通算では、4055本で4000本台の大記録を樹立したものの、、タイ・カッブを抜けない。この時、イチローは、46歳である。  シーズンオフに47歳の誕生日を迎えたイチローは、最後の5年計画を立てる。1年平均100本で、合計500本。そして51歳で迎えたシーズンで、4555本のMLB記録を樹立し、引退の幕を引くのである・・・ 
author:ぷるの飼い主, category:M_Major League Baseballの語源事典, 12:15
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野球のコールは「ストライク先行」、ベースボールは「ボール先行」。その謎を解く!
 前回のつづき・・・
 なぜ、米国のベースボールが「ボールを先にコールし、ストライクを後にコールする」のに対し、日本の野球はその逆、「ストライクを先にコールし、ボールを後にコールする」 ようになったのだろうか。その謎解きをしてみよう・・・
『MAJOR LEAGUE ENCYCLOPESIA』(週刊ベースボール)の「野球ルール変遷史」によると、
「1845年 アレクサンダー・カートライト最初の野球ルールを作る」(注;前回、第11条を紹介)
「1863年 ボールとストライクをコールする」(注;文久三年、どういうコールをしたか記載がない)
「1871年 打者は「ハイボール」、「ロウボール」と投球を指定できるようになる。指定どおりの投球がこないと「ボール」、打者が指定した投球を見送れば「ストライク」が宣告された」(注;明治四年)
「1879年 9ボールで打者に一塁が与えられる」
「その後1880年に8ボール、1881年に7ボール、1884年に6、1885年に再び7、1887年に5、1889年に4となり現在まで続く)」

 つまり、米国ベースボールは、現在の「4ボール」を完成させるのに、1879年(明治十二年)から1889年(明治二十二年)までかかり、少しずつ、「9ボール」から「4ボール」までボールの数を減少させて行ったことがわかる。
 ということは、この時代に、アメリカの投球技術は格段の進歩を遂げたことを暗示している。そして、ストライクのコールはかなり早く「3回で打者アウト」となるのが決まっていたわけだから、審判は、毎年のように変更される「一塁を与えるボールの個数」に神経質になり、、これを絶対間違いないように、先にコールしたのではないか、と想像される。
  
 それに対し、日本の野球は、『世界百科事典』(平凡社)によると、
「1871年(明治4)、東京神田の南校(のちの東京大学)の教師としてアメリカから来日したウィルソンH. Wilson (当時28歳)が、日本で初めて野球を教えたといわれている」
「77年アメリカ留学から帰国した平岡吟秋が本場仕込みの野球を紹介、〜新橋倶楽部を組織、87年に平岡の退職とともに解散した」
「97年には中馬庚が日本人による最初の野球指導書≪野球≫を著し、そのころには中学でも野球が行なわれるようになった」

 つまり、日本の野球は、初期、アメリカ人もしくはアメリカ留学から帰国した日本人が断片的に持ち込んだルールで野球をしていたのであり、アメリカの1880年代に起こった「ほとんど毎年のボールコール個数の改正」は時系列的には伝わって来なかったのではないだろうか。ひょっとすると、米国1879年の9ボールや、1880年の8ボールが固定されていたのではないだろうか。
 しかも、当時のレベルからすれば、日本人投手の技量は「見逃しのストライク、または、空振りのストライク」を取れるほど高いものではなく、どうしても、「ストライクの方を先行してコール」することが多かった。
 中馬庚は、1897年、米国ベースボールのルールがほぼ現在のものに近くなった状況(その時には、4ボール・3ストライクのルールが確定していた)で、それを翻訳し、日本最初の野球指導書を出したのであるが、コールの先行は、3ストライク・4ボールとした。なぜかというと、Strike (ストライク)の定義が非常に難しいため、それをルール上、先に説明しなければならなかったからであろう。
author:ぷるの飼い主, category:M_Major League Baseballの語源事典, 10:44
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