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巨大地震の起こったChile (チリ)、そこで、「チリの語源」!
 昨日の続き・・・
 巨大地震の起こったChile (チリ)については、あまり知らない。南北に細長い国であるとか、最近では「チリワイン」が美味しいというくらいなものだ。そこで、語源から調べてみることにした。
『世界地名ルーツ辞典』(創拓社)に色々載っている。しかし、若干問題ありという箇所もあるので、箇条書きにして解説することにした・・・

「16世紀にスペイン人はこの地方を占領、ノバカスチラ「新イスパニア」の地名を与えた」
 
 解説;<16世紀とは、1541年のペドロ・デ・バルディビアによる Santiago (サンチアゴ=首都)建設のことであろう。ただし、ノバカスチラというのは、多分、Nova Castilla (ノヴァ・カスティラ)であろう。これは、スペイン(イスパニア)の古王国名に由来し、「新・カスティリャ」という意味になる。ポルトガル人が長崎にもたらした「カステラ」の語源であり、ラテン語が起源の言葉で、英語の castle (キャッスル=お城)も同じ語源。だから、「カステラ」というのは「お城で食べる上等なお菓子」ということになる>

「18世紀になると、これらの地方はペルーおよびチリと呼ばれるようになるが、チリはスペイン語では「とうがらし」を意味するため、地名の語源とはされず、インカ系の語を用いたものと考えられている」

 解説;<『英語語源辞典』によると、「chili (チリ)は、北米アメリカのインディアン語で、スペイン・メキシコ語を経由してスペイン語から英語になった言葉で、「熱帯アメリカ産唐辛子」という意味。初出は、1662年である。
 すなわち、原種の「とうがらし」は、熱帯産だから、標高が高く、寒冷なチリの語源にはならず、「チリ」というインカ系の言葉が先にあって、それが語源だろうというのである」
 
 しかし、インカ系の言葉というのがどういうものなのか分からないし、「スペインの古王国名を先に名づけておいて、後からインカ系の言葉に変えるというのも変である。そこで、、「和・漢・洋・才! 語源のブログ」は新説を立てることにした・・・
 ギリシャ語からラテン語を経由して英語になった言葉に、chiliad (キリアゥド=千年)とか、chiliasm (キリアスム=千年王国)がある。スペイン人のペドロ・デ・バルディビアは、首都にSantiago (サンチアゴ)と命名しているくらいだから、相当熱心なカトリック教徒だったのではないだろうか。これは、Sant (サント=聖)+Jacob (ヤコブ=十二使徒のひとり)で、スペインの巡礼地サンチアゴ・デ・コンポステラに由来する。Jacob (ヤコブ)はスペインの「守護聖人」であるため、北・中・南アメリカにこの名前の都市が多い・・・
 ここからは想像で申し訳ないが、バルディビアは、本国には「Nova Castilla (ノヴァ・カスティラ)と名づけました」と報告しつつ、自分の王国はChiliasm (キリアスム=千年王国)と称した。そのために、18世紀になって、その接頭語の部分が切り離され、発音も「ki(キ)→chi(チ)」と変化して、CHile (チリ)となったのではないだろうか・・・
 ちなみに、kilo (キロ=千)も、語源をギリシャ語にたどれば、同じなのである! 
author:ぷるの飼い主, category:T_Travel/trip(旅の語源事典), 11:41
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南米チリで巨大地震! 震源地に近い都市Constitucion (コンスティトゥシオン)とConcepcion (コンセプシオン)の語源・・・
 チリ共和国で、巨大地震が発生した。死者の数や被害の規模がよくわからない状況下、邦人滞在者の安否も気遣われている。
 日本人にはあまりなじみのない地域なので、語源だけでもと思い、調べてみた・・・
Constitucion (コンスティトゥシオン)はスペイン語で、英語のconstitution (コンスティテューション)と同じだから、「憲法」に由来するのだろう。
 チリ共和国の憲法制定は、日本などよりはるかに古く、1833年のことである。最初、ヨーロッパ型の立憲政治を目指し、保守党と自由党などイギリス風の政党政治が確立し、クーデターや政変などの急激な革命や改革運動はきわめて少なかったという。
 なぜだろう? 想像するに、「銅」や「硝石」などの軍需物質が豊富であったため、超大国イギリスが指導したのではないだろうか。
 しかし、前に書いたように「太平洋戦争」を起した頃から、大きく変わって行った。戦争の勝利により、軍部の発言が強まり、強権・独裁指向が始まったような気がする。しかも、「チリ硝石」という天然資源が人造の爆薬物に取って代られ、イギリスはこの国を重要視しなくなったのではないだろうか?!
 Concepcion (コンセプシオン)については、『世界地名ルーツ辞典』(創拓社)が参考になる・・・
「 チリ中部の都市。 パラグアイ中部の都市。どちらもスペイン語のコンセプシオン「懐妊」が語源。これらの都市は、カトリックの祭日である聖母懐妊の日に起工され、その祭日名が地名に選ばれたものである」
 確かに、英語の conception (コンセプション)には「考え・概念・構想・着想」という意味のほかに、「妊娠・受胎」という意味があることを思い出した・・・

 続く・・・
 明日は、Chile(チリ)の語源!
author:ぷるの飼い主, category:T_Travel/trip(旅の語源事典), 11:16
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旅(たび)の語源説「手(た)+飯(いひ→ひ)」を補足する「食べるの語源」!
 昨日、「旅人」はなぜ、(たびびと)を(たびと)と短くすることができたかということについて、書いた。
これには、大和言葉の(ひ)には、甲音と乙音があるという国語学上の事実と深く関係する・・・
「旅(たび)を「手(た)+火(ひ)」とすると、火(ひ)は乙音だから、「人(ひと)=日(ひ+登(と)」の日(ひ=甲音)と合わない。これに合わせるためには、旅(たび)の(び)も甲音でなければならない。
 その点、一昨日ひもといたように、「旅(たび)」を「手(た)+飯(いひ→いが脱落してひ)」と解釈すると、この飯(ひ)が甲音だから、日(ひ)の甲音と同音となり、重合して短くすることができる。
 そこから、甲音ふたつの(ひ)と(ひ)の重合で、(び)となり、「旅人(たびと)」となったのではないだろうか。
 今日、以上の推察では、まだ不完全であるということに気がついたので、「食べるの語源」を補足して、「旅(たび)の語源」を完成させたいと思う。
「食べる」の古語は「食(た)ぶ」で、これは、バ行下二段活用の動詞であるから、こう活用する・・・
「(未然形)たべ・(連用形)たべ・(終止形)たぶ・(連体形)たぶる・(已然形)たぶれ・(命令形)たべよ」
 この活用形の中には、「たび」の(び)という音が入っていない。
 さらに、「旅(たび)」という名詞は、動詞化されておらず、「旅立つ」とか「旅す」というように、「名詞+別な動詞」という構成になっている。
 ということは、どういうことなのだろうか。
 これは、「旅(たび)」という言葉が、「食ぶる行為」から出ていながら、「別な場所へ行く」という別な行為に変化したことを意味しているのではないだろうか。
 つまり、「手(た)+飯(ひ)」であれば、清音の「たひ」になってしまうが、「たび」と語尾を濁音化させることにより、「食(た)ぶ」との関連も暗示させる造語だったのではないかということだ。
 ここで、「食(た)ぶ」の語源を考えてみよう。あくまでも想像であるが、「手(た)+ぶ(動詞「経(ふ=通過する)」に由来し、かむ音を暗示し濁音になる」ではないだろうか。
 動詞の「経(ふ」もまた、ハ行の下二段活用なのであり、「食(た)ぶ」の意味は、「手で口元に食べ物を運び、口に入れて音を立ててかむ」ということになる。
 以上のことは、『古事記』に出て来ず、現在の初出は、『枕草子』であるとされているから、学説ではない。しかし、今後、『記紀』を研究し直せば、「食(た)ぶ」なり、その変化を発見できるかもしれない。
author:ぷるの飼い主, category:T_Travel/trip(旅の語源事典), 11:22
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大伴旅人(おおとものたびと)から考えた「旅(たび)」の語源、その新・定説!
 昨日、「旅(たび)」の語源は、手(た)+飯(ひ)」の変化であると書いた。
 今日は、そのつづき。これにて、新・定説としたい!
 奈良時代の政治家・軍人・歌人に大伴旅人(おほとものたびと)という人がいた。平凡社の『世界百科事典』によると、大伴御行(おおとものみゆき)の甥で、生まれは665年、死亡は731年、「旅人」という名で歴史上に登場するのは『続日本紀』の710年であるという。
 この人は、「旅人(たびと)」と称され、「旅人(たびびと)」とは言わない。どうしてだろうか、前に「旅(たび)」という大和言葉が確立したのは、7世紀の中頃ではないかと書いたが、彼が幼名から成人の名前になった時には、「旅(たび)」はもう一般用語になっていて、盛んに使用されていたと思えるのだ。だから、もし、「旅人(たびびと)」としてしまうと、本当に「流離(さすらい)のたびびと」ということになり、大伴の氏とは違って来るからである。
 大伴の氏は、古代豪族の名族で、壬申の乱でも御行(みゆき)は、その弟、旅人(たびと)の父である安麻呂(やすまろ)とともに天武側につき、武勲を立てて、政治家としても立身出世し、優れた歌を残した。旅人もそういう家系に育ったのである。
 だから、旅人(たびと)という成人名がつけられた時は、彼を立派な「武人(ブジン)」にしようという思惑から、旅(たび)+人(ひと)で重なる(ひ)の音を省略し、「たびと」としたのではないだろうか。
 というのは、「旅(リョ)」という漢字の成り立ちは、方(ホウ=旗)+人人で、「多くの人が軍旗を押し立てて進軍するさま」という原義なのである。だから、「旅人」は、traveler (トラベラー=旅行者)ではなく、captain with a flag (キャプテン ウィズ ア フラッグ=軍旗を持った指揮官)ということになる。少々、話が難しくなったが、戦前の日本陸軍は、師団・旅団・連隊という序列構成になっていたが、その「旅団(リョダン)」も、師団制度が導入される前は、「日本陸軍最大部隊」という意味だったのである。
 以上のことから、「旅人(たびと)」が命名されたことがわかって来たが、では、なぜ、(たびびと)を(たびと)と短くすることができたのだろうか。これには、大和言葉の(ひ)には、甲音と乙音があるという国語学上の事実と深く関係する・・・
「旅(たび)を「手(た)+火(ひ)」とすると、火(ひ)は乙音だから、「人(ひと)=日(ひ+登(と)」の日(ひ=甲音)と合わない。これに合わせるためには、旅(たび)の(び)も甲音でなければならない。
 その点、昨日ひもといたように、「旅(たび)」を「手(た)+飯(いひ→いが脱落してひ)」と解釈すると、この飯(ひ)が甲音だから、日(ひ)の甲音と同音となり、重合して短くなることができる。
 そこから、甲音ふたつの(ひ)と(ひ)の重合で、(び)となり、「旅人(たびと)」となったのではないだろうか。
 以上、3回にわたり、「旅(たび)」の語源について書いたが、もうひとつ、補足しておくと、「戦(たたか)ふ」の語源は、「手(た)+手(た)+交(か)ふ=まじえる」で、「手と手で叩(たた)き合った」ことに由来する。だから、「旅人(たびと)」というのは、「戦う人」と同義であることがわかるだろう・・・
 
author:ぷるの飼い主, category:T_Travel/trip(旅の語源事典), 11:10
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旅(たび)の語源は「手(た)+飯(いひ)」。糒(ほしい=干し飯)を手でつまんで食べたから・・・
 昨日のつづき・・・
 有間皇子の歌をもう一度検証してみよう。彼は孝徳天皇の皇子で、中大兄皇子のいとこに当るが、謀判の罪に問われて、紀州の室の湯に御幸(みゆき)している斉明天皇のもとに連行される途中、この歌を詠んでいる。なお、斉明天皇は、孝徳天皇の姉で、中大兄皇子の母。孝徳天皇が逝去したため、再度、天皇み即位している。
「家にあれば 笥(け)に盛る飯(いひ)を 草枕(くさまくら) 旅にしあれば 椎の葉に盛る」
 この歌の意味。少し、丁寧に補足しながら説明すると・・・
「家での食事では、飯(いひ)を笥(け=食器)に盛って箸で食べるのだが、罪人として連行されている旅の途中では、椎の葉っぱにのせられた飯を、手でじかに食べている。悲しいことだ・・・」
 当時のご飯は、強飯(こはいひ)といい、「米を甑(こしき)で蒸したもので、非常に硬い飯であった。現在のように水気の多い飯は、姫飯(ひめいひ)といっていた。
 その強飯(こはいひ)を椎の葉っぱで取って、手で食べる境地を詠っているのであるが、もうひとつ、
注目すべきは、「草枕(くさまくら)」という後の歌枕がこの歌によって確立したということだ。
 「草枕」は「旅・結ぶ・ゆふ・かり・露」にかかる枕詞になったが、よくよく考えてみると、旅人(たびびと)は、草を枕に寝るわけではない。
 枕がなければ、人間は手を枕にして眠る。これを手枕(たまくら)という。しかし、語感や技法としては、「手枕(たまくら)」より「草枕(くさまくら)」の方が美しいし、4字よりも5字の方が句に入れて収まりやすいから、「草枕」が選ばれたのではないだろうか。
「旅(たび)」については、貴人たちが使う言葉ははっきりしている。
 大伴旅人(おほとものたびと)の伯父に当る人に大伴御行(おほとものみゆき・?〜701年)という人がいる。この「御行(みゆき)」が貴人たちの「旅(たび)」を意味する言葉であったに違いない。大王・天皇の「御幸(みゆき)」は、漢字だけ変えて、さらに有り難味を感じさせているが、和音の訓(よ)みは同じである。それに対し、一般庶民の「旅(たび)」は、単に「道行(みちゆ)き」といっていたのではないだろうか。
 このように、人の身分に相応した言葉遣いは、身分社会での上下関係や実際生活では生きて来るのであるが、一方、人物・物品の往来が煩雑に発展して来ると、非常に不便であった。そのために、一般用語としての「たび」が必要になったのではないだろうか。
 そこから、漢字の「旅(リョ)」に{たび}と当てて、「旅(たび)」という言葉が確立したのである。さて、この語源は、まず、「手(た)+火(ひ=ひの乙音)」が考えられる。「夜のために、火をつける道具を持って旅する」という意味である。
 ただ、古代の夜の道中ほど、恐く、危険なものはない。山(やま)の万葉仮名は「夜麻(やま)」だから、「山の中の道行きも、鬱蒼と暗く、道なき道を歩む」ということになる。
 そこで、古代の旅人は、夜や山の道行きを避け、出来るだけ安全な道中を心掛けるようにした。さらに、強飯(こはいひ)などもしっかり食べて、体力の低下を防いだ。
 こうして、語源は、やっぱり「手(た)+飯(いひ)」だったということが考えられるのである。「糒(ほしい」は、「干(ほ)し+飯(いひ)」の変化で、古代は「ほしひ」であり、「い」は外されるため、「手(た)+飯(いひ)」は「手飯(たひ)」となる。この「飯(ひ」は「ひの甲音」であるから、「手(た)+火(ひ=ひの乙音)」と発音が違うことになるが、『万葉集』の第二巻に志貴皇子(しきみこ)の歌の句にこういうものがある・・・
「御駕之 手火之光曽 幾許照而有 (いでましの たびのひかりぞ ここだにてりある)」
この「手火(たび)」は、「旅(たび)」のことではなく、「手に持って灯す松明(たいまつ」のこと・・・
 以上の考証から、「旅(たび)」の語源は、「手(た)+飯(ひ)」の変化であったということが強まる。

 
 この「旅(たび)の語源」は続きます。つぎの内容は、いよいよ、
大伴旅人(おほとものたびと)という人名から考えた、「旅(たび)の語源」の新・定説です・・・
author:ぷるの飼い主, category:T_Travel/trip(旅の語源事典), 10:32
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